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【書評】嫌われる勇気④【世界の中心はどこにあるか】

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今回は「嫌われる勇気」の第4夜の「世界の中心はどこにあるか」について書評していきます。自分の価値を自分で決めるのは当たり前だけど、そもそもここに存在しているだけで、価値があります。でもなかなかそう思えないものです。本記事で解説していきます。

こんにちは、こうた(@arakou05)です。

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Webライター時代のこと語ってます >> 【経験談】新卒フリーランスは甘いのか?【2年間を振り返る】

①から読みたい方はこちらです。
>> 嫌われる勇気①【トラウマを否定せよ】

「世界の中心はどこにあるか」というテーマにおける内容は以下の通りです。

  • 個人心理学と全体論
  • 対人関係のゴールは「共同体感覚」
  • なぜ「わたし」にしか関心がないのか
  • あなたは世界の中心ではない
  • より大きな共同体の声を聴け
  • 叱ってはいけない、ほめてもいけない
  • 「勇気づけ」というアプローチ
  • 自分には価値があると思えるために
  • ここに存在しているだけで、価値がある
  • 人は「わたし」を使い分けれない

僕が気になった目次について紹介していきます。

対人関係のゴールは「共同体感覚」


まずは「共同体感覚」について解説します。

もしも他者が仲間だとしたら、仲間に囲まれて生きているとしたら、

  • わたしたちはそこに自らの「居場所」を見い出すことができる
  • 仲間たちのために貢献しようと思える

このように、他者を仲間だと見なし、そこに「自分の居場所がある」と感じれられることを、共同体感覚といいます。

アドラーは自らの述べる共同体について、家庭や学校、職場、地域社会だけでなく、たとえば以下のものも含まれるといっています。

  • 国家や人類などを包括したすべても含まれる
  • 時間軸においては過去から未来までも含まれる
  • さらには動植物や無生物まで含まれる

なかなか難しいですが、アドラー自身、自らの語る共同体について「到達できない理想」だと認めているくらいです。

共同体感覚とは、幸福なる対人関係のあり方を考える、もっとも重要な指標なのです。

なお共同体感覚のことを英語では「social interest」といいます。つまり、「社会への関心」ですね。

また、皆さんは社会学が語るところの社会の最小単位はなんだか知っていますか?

答えは「わたしとあなた」です。ふたりの人間がいたら、そこに社会が生まれ、共同体が生まれるのです。

そして、自己への執着を、他者への関心に切り替えていくのです。

より大きな共同体の声を聴け


ここで共同体感覚について、さらに深掘りしていきます。

アドラーの言う「共同体」の概念を言葉のままに受け取って、実際の宇宙や無生物をイメージすると、理解を難しくしてしまいます。

なので共同体の範囲が「無限大」なのだと考えてみてください。たとえば以下のような例を見ていきましょう。

  1. 定年退職をした途端に元気をなくしてしまう人がいる
  2. 会社という共同体から切り離され
  3. 肩書きを失い
  4. 名刺を失い
  5. 名も無い「ただの人」になる
  6. すなわち「普通」になることが受け入れられない
  7. そして一気に老け込んでしまう

でも、これは単に会社という小さな共同体から切り離されただけにすぎません。誰だって別の共同体に属しているのです。

なんといっても、わたしたちのすべてが地球という共同体に属し、宇宙という共同体に属しているのですから。

ただ、頭ではわかっていてもなかなかこんな壮大に考えられる人は、多くはないと思います。

いきなり宇宙は想像できないと思いますが、目の前の共同体だけに縛られず、自分がそれと別の共同体、もっと大きな共同体、

たとえば国や地域社会に属し、そこにおいてなんらかの貢献ができているという気づきを得てほしいのです。

下記のような場合はどうでしょうか?

  1. 結婚もせず
  2. 仕事を失い
  3. 友を失い
  4. 人付き合いを避けたまま
  5. 親の遺産だけで生きている男がいるとする

彼は「仕事のタスク」「交友のタスク」「愛のタスク」のすべてから逃げています。こんな男でさえ、なんらかの共同体に属しているのでしょうか?

答えは「属しています

たとえば彼が、一片のパンを買うとします。対価として1枚の硬貨を支払う。そこで支払った硬貨は、パン職人たちに還元されるだけではありません。
  • 小麦やバターの生産者たち
  • それらを運んだ流通業者の人たち
  • ガソリンを販売する業者たち
  • 産油国の人たち

このように、さまざまな方々に還元されているはずだし、つながっているわけです。人は共同体を離れて「ひとり」になることなど絶対にありませんし、できません。

多くの人は、今までいた共同体から外に出るのは難しいと思います。そこで覚えておいてほしい行動原則があります。

わたしたちが対人関係のなかで困難にぶつかったとき、出口が見えなくなってしまったとき、まず考えるべきは「より大きな共同体の声を聴け」という原則です。

目の前の小さな共同体に固執することはありません。

関係が壊れることだけを怖れて生きるのは、他者のために生きる、不自由な生き方です。

  • もっとほかの「わたしとあなた」
  • もっとほかの「みんな」
  • もっと大きな共同体

上記の共同体は存在するのです。

「勇気づけ」というアプローチ


ここでは「介入」について解説していきます。介入とは、他者の課題に対して、土足で踏み込んでいくような行為です。

それではなぜ人は介入してしまうのでしょうか?

その背後にあるのは、縦の関係です。対人関係を縦でとらえ、相手を自分より低く見ているからこそ、介入してしまうのです。

介入によって、相手を望ましい方向に導こうとする。自分は正しくて相手は間違っていると思い込んでいる。

これはかなり厄介な人です。僕はこのような行為をしてくる人とは距離をおくようにしています。

これまで紹介している「援助」するように、横の関係に基づく援助のことを、アドラー心理学では「勇気づけ」と呼んでいます。

人が課題を前に踏みとどまっているのは、その人に能力がないからではありません。能力の有無ではなく、純粋に「課題に立ち向かう勇気がくじかれていること」が問題なのです。

以下では、具体的にどのようにアプローチすればいいか解説します。

自分には価値があると思えるために


子供ではなく、対等なパートナーがあなたの仕事を手伝ってくれたときのことを考えれば、答えはおのずと出てきます。

たとえば友人が部屋の掃除を手伝ってくれたとき、あなたはなんと声をかけますか?

おそらく、「ありがとう」と言うでしょう。あるいは「うれしい」と素直な喜びを伝えるでしょう。

これが横の関係に基づく「勇気づけ」のアプローチです。

いちばん大切なのは、他者を「評価しない」、ということです。評価の言葉とは、縦の関係から出てくる言葉です。

もしも横の関係を築けているのなら、もっと素直な感謝や尊敬、喜びの言葉が出てくるでしょう。

「ありがとう」は評価ではなく、もっと純粋な感謝の言葉です。人は感謝の言葉を聞いたとき、自らが他者に貢献できたことを知ります。

たとえば、どうすれば人は「勇気」を持つことができるでしょうか?

それは、「人は、自分には価値があると思えたときにだけ、勇気を持てる」です。

ここで問題になるのは、「いったいどうすれば、自分には価値があると思えるようになるのか?」という点です。

答えは、人は「わたしは共同体にとって有益なのだ」と思えたときにこそ、自らの価値を実感できる、ことです。
  • 他者に働きかけ、「わたしは誰かの役に立っている」と思えること
  • 自らの主観によって「わたしは他者に貢献できている」と思えること

そこではじめて、わたしたちは自らの価値を実感することができるのです。

次回の記事はこちらです。
>> 嫌われる勇気⑤【いま、ここを真剣に生きる】